【特集】日本の謎の事件特集 その① 帝銀事件

昔は世界一安全な国とまで言われていた日本、それは1945年の日本の敗戦により疲弊しきった日本を国民総出で立て直そうと躍起になっていたからかもしれない。

そんな世界一安全の国と言われていた日本も今では毎日のように事件が起きているように思える。一概に事件と言っても小さな軽犯罪から殺人などの重犯罪と様々ある。だが、事件が沢山起きていると感じるようになったその中でも、殺人事件は近年へていっているのではないだろうか。これは殺人事件に関する日本の警察捜査が優秀なのが大きな一因だと私は思う。

しかし、そんな優秀な日本の警察捜査でも長らく「本当にこれで解決だったのか?」と世間から疑問に思われている事件がいくつか存在する。中でも戦後日本の「3大事件又は4大事件」の1つと呼ばれている「帝銀事件」はその代表格ではないだろうか(謎は多いいが解決済みではある)。この日本の謎の事件特集では事件の紹介と詳細、書くことが出来れば私が調べ考えた考察を数回に分けて記事にしていく。

そして第一段には先ほども少し紹介した、まだ日本が敗戦して間もないGHQの占領下にあった時に起きた謎の「帝銀事件」を取り上げていく。

「帝銀事件とは?」

事件が起きたのは1948年(昭和23年)1月26日東京都豊島区長崎の帝国銀行椎名町支店(現存はしない)の閉店前位の午後3時間頃に背広姿で東京都の赤印の腕章をつけた男が銀行に入ってきた。男は名刺を出して行員に「店長は居るか?」と尋ねてきた(当時店長は居なかった)。名刺をには【厚生省厚生部員】と記載されており、「近くで赤痢が発生した」「ここの銀行に来た客の一人が感染していた」と話し行員16人に2~3回に分けて青酸化合物らしきものを飲ませ(12人が死亡1人は搬送先の病院で)その後現金手形35万円(現在の3000万程)を盗み逃走。した事件である。

犯人は長い間見当も付かなかったが、同年の8月北海道の小樽市でテンペラ画家の平沢貞道(以下平沢)が警視庁に逮捕される。しかし平沢は無実を訴えていたが、後に自供を始め(なぜ自供を始めたかは謎)その後裁判で死刑の判決を受ける。しかし、平沢は死刑を執行されることもなく39年を牢獄で過ごし無実を訴えたまま獄中で亡くなった。

これが世に言う帝銀事件の詳細である。一応この事件はこれで公には解決したことになった。しかし未だに解決はしていないといわれているのは何故なのか。この事件の謎とは何なのか。

「事件の不可解な点」

※以下箇条書きで私が思う不可解な所をあげる

・犯人は東京都の腕章と名刺を持っていたのに何故長い間犯人の検討が付かなかったのか。

・犯人は何故青酸化合物を行員に2~3回も飲ませたのか。(飲ませる前に自分で飲むほどおちついていたのか)

・本当に青酸化合物だったのか。

・突然逮捕された平沢貞道氏は本当に犯人なのか、死刑判決を受けたのに何故執行されることもなかったのか。

・逮捕のきっかけとなったのが、平沢が犯行に使われた名刺を貰っていたはずなのに持っていなかった事(本人は財布を無くしたと否定)犯行で盗まれた金額近くを持っていたこと(証拠が余りにも不十分な気がする。)

など、解決しているのに不可解な所がとても多く、私自身いまだに未解決事件なのではないかと思っている。特に平沢が逮捕された理由が余りにも不十分ではないだろうか。毒物や犯人の証拠となる小切手が見つかったわけでもなく、平沢が犯行に使われた名刺を貰っていたはずなのに持っていなかった事。犯行で盗まれた金額近くを持っていたことが証拠になったのである。そして裁判では死刑の判決を受けたが39年も執行されることは無かった。彼の死刑が執行されなかったことは一体どのような理由があったのだろうか。

ここまでは、あくまで平沢が犯人ではない可能性について書いてきたが、一概にも平沢貞道が犯人ではないとは言い切れないところもある。

まず、平沢は取り調べの時に持っていた金の出どころを言わなかった。もしかしたら本当に盗まれた小切手を換金した可能性もあった。また平沢は以前銀行相手に詐欺を起こしていたのである。私はこれが裁判において少ない証拠の中で有罪になった決め手ではないかと思う。

しかし、この大掛かりな犯行を本当に1人で行うことは可能だったのか。それは無理なのではないだろうか。その理由としては。

・犯行の計画が1人にしては用意周到すぎる。

・あまりにも犯行に慣れすぎている。

・1人で直ぐに現場を逃走して見つからなかったのは不自然すぎる。

・犯人の手掛かりが余りにも無さすぎる。

等が挙げられると思う。やはり1人の犯行ではかもしれない。

ここまで、帝銀事件とあくまでも出来事の真実の推測として書いてきた。そして今回の結末は、あくまでも私の推測だが、やはり平沢貞道は帝銀事件の犯人ではなく、政府や一部の警察は実は本当の犯人を知っていた可能性もあるのではないだろうか。だがこの事件も50年以上前の出来事であり、そのことを調べるのも困難であろう。

第二弾を書く機会があればもっと掘り下げて帝銀事件について書いていこうと思う。

 

【参考文献】戦後政治裁判史録1 p123~p144 3帝銀事件


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※当特集は事件自体は解決してるが、私が個人的に謎が多いと思う事件を採り上げています。




ライター:YasuO

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